メディアで紹介されました!

寒げいこ、範士のスポーツ功労賞受賞式など掲載中!

平成26年1月12日 平成26年度寒げいこの様子

新聞記事

平成25年1月13日 平成25年度寒げいこの様子

新聞記事

平成24年1月8日 平成24年度寒げいこの様子

新聞記事

平成21年11月29日
奥村師範・教士 平成21年度(財)滋賀県体育協会スポーツ功労賞受賞祝賀会

松下師範祝辞 花束贈呈 平成21年11月19日、平成21年度(財)滋賀県体育協会表彰において、奥村師範・教士に滋賀県スポーツ功労賞が授与されました。
長年にわたる空手道の発展への貢献、指導、青少年の健全育成に尽くされた功績によるものです。

そして本日(11/29)、滋賀県空手道連盟理事長 松下春義氏が代表発起人となり、大津プリンスホテルにおいて盛大に祝賀会が開かれました。
正剛会宗家三代目多田正剛氏をはじめ、滋賀県、大津市の空手道連盟、連合会の役員の方々、奥村師範の門弟、道場生の父兄の皆様など100名近い 方々がお集まりくださいました。

また、多数ご来賓の皆様のご出席を賜り、式典では滋賀県議会議員 佐野高典様、大津市議会議員で大津市空手道連盟会長 北林肇様、前参議院議員 山下英利様、 前衆議院議員 上野賢一郎様からはご祝辞を頂きました。
祝賀会では、日本ナショナルメンバーの木村陽子さんをはじめ、小学生道場生による形演武が行われました。
歓談中には、奥村師範が功労賞を受賞された足跡を辿るため、プロフィールをスライドショーでご紹介しました。
宗家・師範を囲んで集合写真
奥村師範は、8人兄弟の5男として大津市千野町に誕生されました。
小学生の頃は、かなりのワンパク坊主だった様です。その後、雄琴小学校、日吉中学校を経て、京都の東山高校に進学されました。

高校1年生の昭和30年、三井寺警察学校内剛柔流正剛会に入門されました。
入門すると負けん気魂でめきめき上達し、関西選手権大会等に大将として数回出場されました。得意技は左上段突き、左中段蹴りで元々サウスポーです。
さらに昭和38年には、滋賀県体育文化館 旧武徳殿の指導者になられました。

この頃は、代表発起人の松下師範、同じく発起人滋賀県空手道連盟副会長村田晋作師範とも同じ道場であり、色々な武勇伝を残されているそうです。
以後、師範代、師範として大津本部、坂本、石山、下阪本、唐崎、比叡平、仰木の里、仰木の里東、守山、高島、京都日本電池空手道部、京都南部、 また以前は甲賀石部で指導に当たられました。

この間は、昭和41年に中心メンバーとなって滋賀県空手道連盟を設立し、以後、理事、副理事、理事長、副会長として連盟の運営を推進し、 空手道の普及、発展に尽くされました。
昭和52年の体育協会加盟、昭和54年の滋賀県武道会加盟にも大いに尽力されました。県空手道普及委員長として郡市連を発足させた事も 大きな功績であります。
空手道の国体参加という事は、空手道士共通の長年の願いでした。昭和53年より宮崎・長野・栃木の各国体公開競技、近畿大会・全日本大会においても、奥村師範は 何度も監督を務め、空手道の国体正式参加に尽力し、びわこ国体より正式参加にこぎ着けました。
この昭和56年のびわこ国体においては選手強化役員として滋賀県を総合優勝に導くことができました。この時は、道場生より2位、3位の入賞者を出す事ができました。
同時に国体審判員として当時の皇太子殿下・美智子妃殿下ご高覧のもと、審判も務められています。
ポスト国体の37回島根では、総合6位入賞、38回群馬では総合8位入賞で、その時の監督を務められています。

その後、近畿大会、県大会、市大会、滋賀県高校体育連合大会においても、最近まで毎回審判を務められました。
正剛会においては、常任理事として数々の役職を兼務されています。
海外の道士の育成にも熱心に取り組まれ、オーストラリア、ホンコン、マカオ、インド等に数回出向き、指導に当たっておられます。
現在に至るまで、門弟は3,000名を超え、社会的にご活躍されている方々が多数居られます。

今回で第19回を迎えました奥村師範を中心とする支部連合大会は、白帯の子供達も全員参加で、空手道の厳しさ、楽しさ、 努力の後の充実感を感じさせたいと願っておられます。
平成18年には、自宅横に本部道場を構え、練習日以外にも指導をされています。
Copyright (C) 日本正剛館空手道士会 大津本部道場&T.K All Rights Reserved.
Design by http://f-tpl.com